[Lacerated words] 輸血

血中濃度、至って正常、心拍数、変わらず平常

でも輸血の悪夢がやまないでいる

 

右手の亡霊がささやいた

このままではいけないと

左手の妖精がひとりごと

明日も今日と同じだよと

 

いま、揺らめく常温は

誰かを、救っていますか

さて、普段通りを終える

日々は、がなり立てやまない

 

実は、知ってるんだ

このあらゆるノイズたちは

すべてが、ぼくの映し画なのだと

毎日、そしていつしか、 曖昧な夢と希望を、狂った抱き枕に変えた

相応の報いなんだって

 

ああ、またたく地下鉄のホームは

沈黙を貫くばかりで

ああ、ぼくのゆく道の果て

待つのはたぶん曖昧な死だけだ

穴の底

夜の帳が落ちる森深くの、色褪せた石段に腰掛けて、

わたしは己が昼を、燃やそうとした

 

淡い月はあまりにも遠く、身を撫でる風はあまりにも心許ない

闇を包む葉葉の輪郭が、さらさらと、痛みを奏でている

 

春の夜は、

ぞっとするほどに暖かく、心地よく、清廉で、微かに黴の味がした

大地に穿たれた、陰る穴の底に、わたしは灰色の祈りを止めない

その奥で安穏の眠りについているのは、

歯切れの良すぎる嘘と、口触りの良すぎる真実に挟まれて、

目を瞑って俯くしかなかった、昼のわたし

 

夜の帳が落ちる森深くの、色褪せた石段に腰掛けて、

わたしは己が昼を、燃やそうとした

 

叶わないと、わかっているのに

黎明の遥かに遠い今でさえも

その祈念は届かない、とささやく影は、常にわたしの隣にいるのに

 

わたしは、あの暗い穴の底に向けて、

言葉なき祈りを、昼への怒りと弔いの唄を、唱えつづけている

夜道

どこまでも続く夜道の隅に、わたしはわたしの屍骸を見とめた

 

待宵の月が、何かを知り得る筈もあるまい

ドライブ

馬のない馬車のヘッドライトの点灯が、なぜか憎くて

曖昧な街灯と脆弱な街路樹たちが、なぜか許せなくて

闇と静寂の道々で、わたしは、わたしと踊っていたのだと思う

ありふれた夢想、その残骸たちの転がる海の舞台上で

わたしたちは、欺瞞の笑顔を突き合わせて、いつまでも愉しく踊った

 

どこでもないような山奥の崖下に、わたしはわたしの屍骸を棄てた

ボンネットに体重を載せて、果てしない吐息を残して、闇夜の道を戻った

ヘッドライトが照らし出す、曖昧な街灯と脆弱な街路樹たち

ふと、あの手の感触が、脳裏に蘇る

わたしが棄てたものには、わたしよりも暖かな体温があった

 

あの夜の、穢れた森のささやきは、

絶えることなく、今もこの耳に残響している

銀の砂浜にて

――すべては歯車と熱の問題だ。エントロピー法則か、あるいはもっと単純なこと

淡いパステルカラーの水面が、間違いのように、どこまでも続く海

そのまんなかの、この小さな島にいるのは、ぼくときみのふたりだけ

ふと見上げれば、そこには涼やかな黄昏の空がある

紅い太陽が東の地平線に沈もうとしているかたわらで、砕けた月は不満足そうに西の宙に漂っていたっけ

 

銀の砂浜の上で、ひとしきり遊びまわったぼくらの頬に、

夕焼け色の風が、優しく、ひとなで

砂の大地のかすかな輝きの波が、ぼくらを包み込むようで、

磯の香りが、なぜかとても甘ったるくて、

ぼくは、きみに、振り返る

 

――すべては歯車と熱の問題だ。ネルンスト定理に、ぼくらは還れないということ

きみは、銀の砂浜に、じっと座りつづけている

その背に向けて、ぼくは声を上げた

無意味だって、もう知っていたのに

 

そろそろ、夜がやってくる時間だ

冷徹で残虐で暴力的な、白い雨の降る、夜が

 

ぼくは、小さな溜息をつくと、

もう二度と、二度と動かないでいる、きみの隣に座って、

ただ、そっと、体を寄せた

眠り姫

麗しの眠り姫は、擬似ガラスのカプセルに囚われて

紅い生体補整スープの中に背を丸め、睫毛の際立つ眼を優しげに瞑っている

面持ちは安らかなる夢想のさなか、しかしほんの少しだけ退屈そうだ

 

忘れ去られた暗闇の廃墟に、維持カプセルは黙々とその役割を続け

だが彼女を液中に繋ぎ留めた魔法使いの影は、既にこの世にない

 

施設外壁に至るまでの防護システムの総数は、姫を守護する衛兵の数

血管と神経に繋がれた細い細い糸の本数は、哀れな王の愛と憂いの数

ふと、水晶より放たれ彼女を取り囲むは、色とりどりのレーザーライト

六十六分毎の精査が、人知れず始まり、人知れず終わってゆく

 

暗闇が戻る

姫は、やはり眠り続けている

しかし、わたしたちだけは知っている

彼女はまどろみの中で、三年に一度ほどの頻度で、小さな寝返りをうつのだ

 

ああ、今、

生と死の紅い培養液の中で、眠り姫の指先が、ふと曲線を描くように、躍った

午前二時の黄昏

 ぼくは、このゲームの、この地点に現れる、このありふれた敵キャラクターの一体が好きだった

 グラフィックなどは通常の敵兵士と変わらないのだが、行動パターンが少し独特で、ステージの物陰から突然現れ、出し惜しみせず渾身の一撃を必ず繰り出してくるのだ。しかし、それはぼくの操る主人公に簡単にかわされて、あっけなく背後から斬り殺されてしまう

 断末魔の声が用意されているわけでもなく、一定確率でどうでもいいドロップアイテムを残し、死体は空間にフェードアウトしてゆく。しかし彼と再会するのは実に簡単で、もう一度このステージをやり直せばいい。何度でも彼は、かわされる渾身の一撃を魅せつけてから、主人公に撃破されるのだろう

 一騎当千、数々の難敵を乗り越え、絶対的活躍を見せつけてくれる主人公よりも、ぼくはどうしてもこいつに感情移入してしまうのだ。ありふれた敵キャラクターの、卑劣にも物陰から襲いかかり全力の攻撃を繰り出して、それでも負ける、まるで死ぬことが使命であるかのような、こいつに

 彼は、どんな気持ちで戦うのだろうか、と思ったりする。主人公を倒してやるぞ、という望ましい殺意に満ちているのか、やられたくない、と物陰で怯えているのか、あるいは、

 あるいは、プレイの回数だけ、無尽蔵に繰り返される戦いの中で、彼は、あるいは、

 ふと、壁掛け時計を見ると、午前二時を過ぎていた

 夜更かしは体に良くないが、ゲームの中の敵キャラクターの彼には、夜更かしという概念など存在しないのかもしれなかった。いつだって彼の登場するステージは、夕暮れの色のさなかにあるから

 レアアイテム収得のために、その道のりを繰り返し進めてゆく道中で

 画面の中のその敵キャラクターは、やはり物陰から颯爽と現れると、言わずもがな、最大出力の一撃をぼくの操る主人公に簡単にかわされてしまい、強烈な連続攻撃を浴びて、声もなく死んでいった

また会いましょう

小さな足あとに、

口笛の残響に、

消え失せた残り香に、

また会いましょう、と愉快に告げた

落ちゆく花弁に、

弾けた泡たちに、

去っていった背中に、

また会いましょう、と泣かずに告げた

そう、すべてが去っていって、見届けることしかできないならば

もし、去っていった者たちに、何も成すことができないならば

せめてわたしはここで、ゆく先の無事を祈って、手を振っていよう

小舟

綿菓子を食みながら わたしは虹の川面を見つめている

唐傘の船頭が櫂を漕ぐ度に 舟はゆらりと揺れた

七色を渡って 小舟は彼岸を望む

風が、暖かかった

遠のく囃子太鼓 近づく坊の説法 なにもかもがまやかしのようで

最後の一切れを嚥下すると 旅の疲れが吹き上がった

きらめく水面の上で 見知らぬ魚が一飛びして、消える

漕がれる船に揺られながら わたしも船を漕ぎはじめた

闇を染めてうごめくは、怨念の炎

その赤光はとどまることを知らず、部屋をひとしきり遊び回った後に、

いよいよ、影を持たざる人形の群れを、その紅い舌で舐めまわした

多くの仲間たちが言葉なくくずおれ、そのかたちを霧散させゆく中で、

そのひとつの無貌の人形は、ゆっくりと体を起こして、

両腕を上げて、声もなく笑い、

みずからを、この部屋のすべてを焼き殺す、悪意の炎の熱と光を、胸の裡から祝福した

点滅

等間隔・同形状・同色の蛍光管が、車窓を淡々と横切り続けるトンネルの点滅は、まるでとち狂った魔法のよう

右手を、握りしめる

はたして、終着駅に着くまでに、この鞄の重さに耐え切れるのだろうか

無痛の車内のすべてが、無言で速度を上げる

慈悲深い加速度の感触とともに、ひとつの音響が遠のき、またひとつの音響が湧きだすのだ

その隙間に、

冷たいあざけりを聞いたような気がした

右手を、握りしめる

はたして、終着駅に着くまでに、この鞄の重さに耐え切れるのだろうか

悲しいほどに平静な自動アナウンスが、閉ざされた大気に、ふと満ちて、消える

視界の誰もが、一切の感心も払わず、ただ、そこにいた

わたしもふくめて

無関係の人々が、一切の関係を絶って、ただ、そこにいる

右手を、握りしめる

来るべくして訪れた減速

容赦無い慣性力の感触とともに、ひとつの音響が遠のき、またひとつの音響が湧きだすのだ

わたしは、窓を眺めている

等間隔・同形状・同色の蛍光管が、車窓を淡々と横切り続けるトンネルの点滅は、まるでとち狂った魔法のよう

減速がわたしを抱擁する 振動がわたしにかまって止まない

終着駅は、

まだ遥かに遠く、

この車内のあまりにも怜悧なる静けさと、生温く虚無的な音響に包まれて、

窓の点滅に、あの点滅の中に確かに存在する、ひとつの眼に、まっすぐに見つめられて、

わたしは、どうやら、

鞄の重さに、耐え切れそうになかった