午前二時の黄昏

 ぼくは、このゲームの、この地点に現れる、このありふれた敵キャラクターの一体が好きだった

 グラフィックなどは通常の敵兵士と変わらないのだが、行動パターンが少し独特で、ステージの物陰から突然現れ、出し惜しみせず渾身の一撃を必ず繰り出してくるのだ。しかし、それはぼくの操る主人公に簡単にかわされて、あっけなく背後から斬り殺されてしまう

 断末魔の声が用意されているわけでもなく、一定確率でどうでもいいドロップアイテムを残し、死体は空間にフェードアウトしてゆく。しかし彼と再会するのは実に簡単で、もう一度このステージをやり直せばいい。何度でも彼は、かわされる渾身の一撃を魅せつけてから、主人公に撃破されるのだろう

 一騎当千、数々の難敵を乗り越え、絶対的活躍を見せつけてくれる主人公よりも、ぼくはどうしてもこいつに感情移入してしまうのだ。ありふれた敵キャラクターの、卑劣にも物陰から襲いかかり全力の攻撃を繰り出して、それでも負ける、まるで死ぬことが使命であるかのような、こいつに

 彼は、どんな気持ちで戦うのだろうか、と思ったりする。主人公を倒してやるぞ、という望ましい殺意に満ちているのか、やられたくない、と物陰で怯えているのか、あるいは、

 あるいは、プレイの回数だけ、無尽蔵に繰り返される戦いの中で、彼は、あるいは、

 ふと、壁掛け時計を見ると、午前二時を過ぎていた

 夜更かしは体に良くないが、ゲームの中の敵キャラクターの彼には、夜更かしという概念など存在しないのかもしれなかった。いつだって彼の登場するステージは、夕暮れの色のさなかにあるから

 レアアイテム収得のために、その道のりを繰り返し進めてゆく道中で

 画面の中のその敵キャラクターは、やはり物陰から颯爽と現れると、言わずもがな、最大出力の一撃をぼくの操る主人公に簡単にかわされてしまい、強烈な連続攻撃を浴びて、声もなく死んでいった

また会いましょう

小さな足あとに、

口笛の残響に、

消え失せた残り香に、

また会いましょう、と愉快に告げた

落ちゆく花弁に、

弾けた泡たちに、

去っていった背中に、

また会いましょう、と泣かずに告げた

そう、すべてが去っていって、見届けることしかできないならば

もし、去っていった者たちに、何も成すことができないならば

せめてわたしはここで、ゆく先の無事を祈って、手を振っていよう

小舟

綿菓子を食みながら わたしは虹の川面を見つめている

唐傘の船頭が櫂を漕ぐ度に 舟はゆらりと揺れた

七色を渡って 小舟は彼岸を望む

風が、暖かかった

遠のく囃子太鼓 近づく坊の説法 なにもかもがまやかしのようで

最後の一切れを嚥下すると 旅の疲れが吹き上がった

きらめく水面の上で 見知らぬ魚が一飛びして、消える

漕がれる船に揺られながら わたしも船を漕ぎはじめた

闇を染めてうごめくは、怨念の炎

その赤光はとどまることを知らず、部屋をひとしきり遊び回った後に、

いよいよ、影を持たざる人形の群れを、その紅い舌で舐めまわした

多くの仲間たちが言葉なくくずおれ、そのかたちを霧散させゆく中で、

そのひとつの無貌の人形は、ゆっくりと体を起こして、

両腕を上げて、声もなく笑い、

みずからを、この部屋のすべてを焼き殺す、悪意の炎の熱と光を、胸の裡から祝福した

点滅

等間隔・同形状・同色の蛍光管が、車窓を淡々と横切り続けるトンネルの点滅は、まるでとち狂った魔法のよう

右手を、握りしめる

はたして、終着駅に着くまでに、この鞄の重さに耐え切れるのだろうか

無痛の車内のすべてが、無言で速度を上げる

慈悲深い加速度の感触とともに、ひとつの音響が遠のき、またひとつの音響が湧きだすのだ

その隙間に、

冷たいあざけりを聞いたような気がした

右手を、握りしめる

はたして、終着駅に着くまでに、この鞄の重さに耐え切れるのだろうか

悲しいほどに平静な自動アナウンスが、閉ざされた大気に、ふと満ちて、消える

視界の誰もが、一切の感心も払わず、ただ、そこにいた

わたしもふくめて

無関係の人々が、一切の関係を絶って、ただ、そこにいる

右手を、握りしめる

来るべくして訪れた減速

容赦無い慣性力の感触とともに、ひとつの音響が遠のき、またひとつの音響が湧きだすのだ

わたしは、窓を眺めている

等間隔・同形状・同色の蛍光管が、車窓を淡々と横切り続けるトンネルの点滅は、まるでとち狂った魔法のよう

減速がわたしを抱擁する 振動がわたしにかまって止まない

終着駅は、

まだ遥かに遠く、

この車内のあまりにも怜悧なる静けさと、生温く虚無的な音響に包まれて、

窓の点滅に、あの点滅の中に確かに存在する、ひとつの眼に、まっすぐに見つめられて、

わたしは、どうやら、

鞄の重さに、耐え切れそうになかった